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目撃

 ピストルの音が鳴り響き、一〇〇メートル走が始まった。走るのは各クラスの男女二名ずつ。一年生は三クラスだから一度に走る選手は六名で、みんな足の速い者ばかりだ。
 各クラスの応援席から懸命な声援が送られる中、一年生男子の選手たちが後ろへ土を蹴り上げながら、ゴール目がけて走って行く。一位は二組。二位と三位は三組だ。
 続けて一年生女子。うちの男子は四位と六位に終わったけど、我らが山田やまだ早紀さきは陸上部所属で、一年生女子では一番足が速い。一組では一番期待の星だ。他のクラスも強者つわものを出して来るだろうけど、早紀に勝てるわけがない。
 スタートラインに立った女子選手たちを眺めたとき、おや?――とわたしは思った。六名の選手たちの中に一人だけ、紫色の体操ズボンをはいている選手がいる。
 ――あの転校生だ。
 わたしは転校生に注目した。真弓まゆみたちには馬鹿にされたけど、一〇〇メートル走の選手に選ばれるとは大したものだ。
 一人で登校していた様子から、友だちがまだいないように思えたけど、みんなに認められたということは、友だちができたのに違いない。ひょっとしてクラスで浮いているのだろうかと気になっていたので、わたしは何だかほっとした。
「位置に着いて。用意――」
 パン!――とピストルが鳴ると、みんな一斉いっせいにスタートした。思ったとおり、早紀はいきなり他の選手たちの前に飛び出した。その上、さらに加速してみんなを引き離す。少し遅れて他の選手たちが、団子状になりながら早紀を追いかける。と思ったら、一人だけ集団からぐんぐん引き離されて行く。紫色の体操ズボンをはいた、あの転校生だ。
「え? なんで?」
 足が速いはずじゃなかったの?――と思っているうちに、早紀が一番でゴールし、続けて他の選手たちもゴール。それから、あの転校生が一人遅れてゴールした。
 他の選手と比べると、転校生は明らかに足の回転が遅かった。わたしのすぐ横で真弓と百合子ゆりこが、転校生のことを思いきり馬鹿にして笑っている。でも、わたしは笑う気持ちになれなかった。
 あれは明らかに人選ミスだ。だけど、転校生が自分から走りたいと申し出たとは思えない。わたしもそうだからわかるけど、足が遅い者は自分が選ばれないよう祈るものだ。
 わたしみたいに、くじ引きではずれくじを引いたのだろうか。それとも、早くクラスに馴染なじめるようにと、担任の先生が決めたのかもしれない。でも、この結果ではどうなんだろう? よくがんばったねと言ってもらえたらいいけれど、真弓たちが笑ったように、みんなから馬鹿にされる原因にもなりかねない。
 あれこれ考えているうちに二年生の競技が始まり、すぐに三年生の出番となった。
 自分で走ると一〇〇メートルは、とても遠くて時間がかかる。だけど、他の人が走るのを見ていると、あっと言う間に終わってしまう。転校生のことを気にしていたので、二年生や三年生の結果がわからないまま、一〇〇メートル走競技は終了した。
 このあとはダルマをかぶって走るダルマ競争や、二人三脚など遊び半分の競技が続く。
 こういうのは真剣に走る競技と比べて人気がある。当然希望者が多いから、大概はくじ引きで決める。これについてはわたしは当たりくじを引き、二人三脚の選手になることができた。しかも一緒に走る男子が、何とクラスで一番人気のある谷山健一郎だ たにやまけんいちろう 
 兄貴ほどではないにしても、谷山はなかなかのイケメンだ。だけど兄貴と違って、わたしにも優しくしてくれる。勉強はそこそこできるけど、上位クラスというほどではない。それでもテニスは上手じょうずらしくて、テニス部でも先輩たちから期待されているそうだ。
 わたしは谷山とペアになれてよかったと思った。でも、別に谷山が好きなんじゃない。ふざけてばかりいるやつや、わたしに美人じゃないと文句を言うやつと組むのは御免だった。
 だから相手が谷山とわかったときには喜んだけれど、女子生徒たちからはブーイングされた。それでちょっと困惑したけど、要はうらやましがられているわけだ。そう考えると気分がいい。

 ダルマ競争が始まった。二人三脚はこのあとだ。
 ダルマ競争には百合子が出場した。顔が見えなくていいというのが出た理由だけど、それは周りがよく見えないということでもある。それにかぶり物は重いし、足も動かしにくい。予想どおり百合子は転んでしまい、起き上がったあとに全然違う方向へ走ったので、みんなに大笑いされた。
 百合子も笑われるのは覚悟の上だったろうけど、相当恥ずかしかったようだ。二人三脚に出るわたしは、入場門で待機していたので直接は聞いていないけど、応援席に戻った百合子は、二度とダルマ競争には出ないと怒りながら宣言したらしい。気位が高いっていうのもなかなか大変だ。
 だけど、わたしたちだってどうなるかわからない。男女のペアでやるので、みんな恥ずかしがって一度も二人三脚の練習はしなかった。全員がぶっつけ本番だ。気位が高くなくても、あんまりひどい姿は人に見せたくない。転ばないことを祈るばかりだ。
 出番を待つ間に、ペアは互いの足首をはちまきで結んで固定する。それだけでも気恥ずかしいのに、立ち上がって転びそうになり、谷山に抱き支えられたときには、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
 いよいよ出番になって、わたしたちはスタートラインの所まで移動した。二人の足が固定されているので、谷山と歩調を合わせなければ歩けない。バランスを崩しそうになるので、互いの肩を組み合って身体を密着させ、声をかけ合いながら進んで行く。
 谷山とは小学校のときからの付き合いだし、谷山のことなんかこれまで何とも思ったことがない。なのに、何だか胸がどきどきする。
 あちこちから声援や冷やかしの声が飛んで来る。がんばろうな――と言う谷山の声は他の誰かに言ってるみたい。谷山の笑顔がまぶしくて、わたしは下を向いたままうなずくだけだった。
 ピストルの音と同時に、選手たちが一斉に走り出す。競争のはずなんだけど、そんな感じがしない。
 一、二! 一、二!――と声をかけ合って走っていると、谷山と一つに溶け合ったみたいになって、頭がぽーっとなった。ゴールに着いても気づかないまま、どんどん走ろうとしたので、谷山が止まろうとしたときにつんのめって転んでしまった。
 二人の足ははちまきで縛られていたので、わたしが転ぶと、谷山も引っ張られるようにして転んだ。谷山がわたしを抱くようにかぶさって来たので、わたしは慌てて起き上がろうとした。恥ずかしくて何も考えられない。だけど足が固定されているから、二人一緒に動かないと起きられない。無理に立とうとすると互いの足が痛くなる。
 いてててと言いながら、谷山はわたしを落ち着かせようとした。それから固定された二人の足を伸ばし、きつく結ばれたはちまきを苦労してほどいた。
 やっとはちまきが外れて自由になったとき、わたしは何だか悲しくなった。
「痛かったか? 悪かったな、急に止まったりして」
 しょんぼりしていたわたしの顔を、谷山は心配そうにのぞき込み、わたしに謝ってくれた。悪いのはわたしの方なのにそんな優しい声をかけられて、わたしは本当に泣きそうになった。
 すべての選手が走り終えて全員が退場するまでの間、わたしはずっと谷山の隣に座っていた。この競技がずっと続けばいいのにと思っていたけど、二年生も三年生もあっと言う間に走り終えた。こうして谷山と一緒にいる時間は終わってしまった。

 午前の部の終盤には借り物競走がある。これには真弓が参加する。足の速さを競うものではないから、真弓は自分から手を上げた。負けたとしても、これも遊びみたいなものなのでお気楽な競技だ。幸い希望者が少なくて、真弓はすんなり選ばれた。
 男女とも選手は二名ずつだ。女子で真弓と一緒に出場するのは、わたしの小学校の同級生の宮中みやなか満里奈まりなだ。
 男子が終わり、いよいよ真弓と満里奈の登場だ。
 スタートラインに並んだ選手たちは、みんな本気で競争するつもりはないみたい。男子たちもそうだった。にこにこしながら隣の選手と何かしゃべったりしている。
 と思ったら、ピストルが鳴った途端とたん、みんな借りる物を書いた紙を目がけて、全力疾走で突進した。男子と違って、女子は全員が本気のようだ。
 満里奈はそれが初めからわかっていたようで、スタートはよかった。だけど、真弓は置いてけぼりを食ったみたいに、みんなよりスタートがワンテンポ遅かった。それで紙を拾うのは一番最後になったし、紙を開く動作がもたもたしていた。
 他の選手たちはすでに借り物内容を確かめて、自分たちのクラスの応援席へ向かっている。満里奈も大急ぎでわたしたちの所へ来ると、広げた紙を見せながら叫んだ。
「誰か鉛筆持ってない? 鉛筆よ!」
 鉛筆?――みんなは互いの顔を見た。普段ならともかく、運動会の応援に鉛筆なんか必要ない。満里奈が足踏みをしている間、みんな持っているはずのない鉛筆を探し始めた。その間にも他の選手たちは、次々に目的の物を手に入れてゴールに向かっている。
 しびれを切らした満里奈はクラスメイトの助けを諦めて、先生たちが控えるテントへ走って行った。すると、そのテントから校長先生の手を引いて来る選手がいた。おなかの突き出た校長先生がよたよたと走っている。気の毒に、その生徒は一位は絶対に無理だろうけど、満里奈よりは早くゴールできるだろう。
 それにしても真弓はどこへ行ったのだろうか。全然こっちへ来ないところを見ると、早くに先生たちのテントへ向かったのかもしれない。
 競技終了の合図が鳴った。満里奈が鉛筆を持ってゴールした姿は見えた。だけど、真弓がどうなったのかわからない。応援してよと頼まれていたのに、見ていなかったとは言えない。わたしはあせった気持ちで真弓を探した。
 探し物が見つからない真弓が、しょんぼりゴールへ向かうのかと思ったけど、真弓はどこにもいない。他の仲間たちも真弓はどこだと探していた。
 一人が指差しながら、あそこにいたと叫んだ。それはゴールを終えた選手たちの集団の中だ。真弓はみんなが見ていないうちにゴールしていたようだ。
 しかも奇妙なことに、真弓は一位の選手の場所に腰を下ろしていた。そんなの有り得ない話だけど、誰も真弓の場所を変えないし、文句を言う者もいないようだ。
 本当に一位だったのなら、その勇姿を見たかった。それに見ていなかったなんて言ったら、どんな反応を返されるかが怖かった。
 それでも真弓がゴールしたところは、誰も見ていない。百合子でさえも気がつかなかったみたいだから、わたしはちょっぴり安心した。

 三年生の借り物競走が終わると、全学年の女子による創作ダンスの時間だ。わたしたち女子は男子を残して入場門へ集まった。退場門から出た借り物競走の選手たちのうち、女子選手はそのまますぐに入場門へ戻って来て、他の女子生徒たちと合流した。
「ねぇねぇ、見てくれた? あたし、一位取ったんだよ!」
 興奮した様子で戻って来た真弓は、開口一番に自分の一位を自慢した。だけど、すぐに入場が始まった。それで真弓の話を聞くことはできなかったし、みんなも見たかどうかの返事はしないままだった。
 創作ダンスは全学年で行うけど、普段の練習はそれぞれの体育の授業のときにやった。だから、全体の合同練習が二度予定されていた。そのうち、一度目は雨で中止になった。二度目はできたようだけど、わたしは風邪を引いて休んでしまった。だから、わたしが女子全員と踊るのはこれが初めてだった。
 全体でどんな風に踊るのかは説明されたけど、緊張して失敗するかもしれない。でも、どうせわたしを見てくれる人はいないんだ。
 このダンスを母に見てもらおうと、わたしはひそかに考えていた。兄貴と違って運動も勉強もだめだけど、それでもこれぐらいはできるんだってところを、母に見せたかった。それなのに急な仕事で来られないなんて最悪だ。
 パートなんかやめたらいいのにと思うけど、いずれ兄貴が進学する大学のお金は、今以上にかかるそうだ。だから、その分も今から蓄えておかないとだめらしい。
 うちの古くておんぼろの家だって、銀行でお金を借りて買ったから、そのローンもこれから何年も払い続けないといけないそうだ。
 父は転勤族で、お盆とお正月以外はめったに帰って来ない。もう何年もそんな感じなので、うちの家はほとんど母子家庭と言っていい。甘えられるのは母しかいないけど、母の頭の中は兄貴のことと、お金のやり繰りのことばかり。
 わたしなんか頭が悪いから、大学へは行かないで働けって言われるだろう。下手へたすれば高校だって行かせてもらえないかもしれない。
 いろいろ考えながら入場すると、どこからか赤い風船がすっと浮かび上がった。
 風船は風に吹かれて、わたしの頭上を飛んで行った。家族と一緒に来た子供が手放してしまったのだろう。風船を見送りながら、わたしは何かを思い出しそうな妙な気分になった。

 音楽が始まり、みんなが一斉に踊り始めた。踊り出すと緊張感はなくなった。その代わりむなしい気分がわたしを泣かせようとしていた。そんな気持ちに耐えながら懸命に踊り続けていると、近くで踊る紫色の体操ズボンが視界の端に見えた。
 このときは輪になった者たちが、輪の外を向いたまま後ろに下がり、輪の中心へ背中合わせに集まるところだった。
 後ろ向きに移動するので、みんなが同じ速度で同じ場所に集まるのはむずかしい。だから何度も練習を繰り返し、お互いにどうすればいいのか教え合って来た。悲しんでいる暇などない。後ろに下がって身体が左右の者と同時に触れた瞬間、わたしはほっとした。
 隣のグループも同じように背中合わせで集まったけど、紫色のズボンの転校生がみんなより少し遅れたようだ。わたしは心の中で転校生にエールを送った。
 いったん集まったあとは、リーダーの子がそこから離れて、隣の者がそれに続く。その隣の者がさらに続き、順々にらせんを描きながら、外へ向かって大きく広がって行く。
 わたしは一番最後に離れることになっていたので、それまでのわずかな間、隣のグループを眺めていた。向こうでも次々に生徒たちが移動して行き、転校生が動く番になった。そのときに、わたしは見てしまった。
 すぐにわたしが動く番になったから、じっと見ていることはできなかった。だけど、転校生が隣の人に続いて走り出そうとしたとき、その後ろに続くはずの女子の足が、転校生の足を引っかけたのだ。気の毒に、転校生は大舞台の真ん中で無様ぶざまに転んでしまい、後ろの女子から口汚くののしられていた。
 ――あれは間違いなんかじゃない。絶対にわざとだ。
 踊りながらわたしは胸がどきどきした。あの転校生はいじめられている。きっと一〇〇メートル走を走らされたのだって、足が遅いのがわかっていて、無理やり走らされたのに違いない。
 わたしは自分がどう踊っているのか、わからなくなった。身体が勝手に動いているだけで、頭の中はずっと転校生のことを考えていた。
 担任の先生はわかっているのだろうか? 二組には誰も助けてくれる人はいないのだろうか? どこにいるのかはわからないけど、転校生の家族は今のを見てどう思ったのだろう? それにあの転校生は、どんなに情けなく悲しい気持ちになっただろう?
 憤り いきどお でいっぱいになったわたしは、ダンスが終わって退場門へ向かう間、二組の連中の所へ行って、あの女子を怒鳴りつけてやろうと考えていた。
 だけど、それは頭の中の妄想だった。実際には、わたしはクラスメイトたちと一緒に、自分たちの応援席へ戻っていた。
 すぐ隣が二組の応援席だ。可哀想な転校生は後ろの方に、独りぼっちでしょんぼり座っていた。声をかけてあげたい衝動に駆られながら、わたしは何もしてあげられなかった。頭の中では一生懸命慰めてあげるのだけど、実際には横目で見るだけだ。

 次は全学年男子の騎馬戦で、男子たちは入場門へ移動していた。応援席は女子だけだ。早速さっそくみんなは真弓を取り囲み、どうやって一位になったのかとようやく説明を求めた。
 誰も見ていなかったことに、真弓はがっかりした様子だったけど、すぐに得意げに喋り始めた。
「残り物に福ありって言うけど、あれ、ほんとね。あたし、運がよかったのよ。あたしが一番最後に拾った紙にはね、イケメンって書いてあったの」
 イケメン?――みんなが口をそろえて聞き返すと、そうよと真弓は澄まし顔で答えた。
 アナウンスが聞こえ、全学年の男子が入場門から走って出て来た。うちのクラスの男子たちの中に、谷山の姿が見えた。嫌な気分だったわたしは少しだけ胸が熱くなった。
「イケメンって誰?」
 百合子が尋ねた。
「誰だと思う?」
 真弓がもったいをつけると、らさないでとみんなが文句を言った。その不平を心地ここちよさげに聞いたあと、借り物競走に出た一年生男子だと真弓は言った。
 みんなは驚いて互いに顔を見交わした。いったい誰が出ていたのかと確認し合ったり、果たして本当にイケメンがいたのかと議論したりで、とても男子の応援どころではない。
 始まっている競技の方へ目を向けても、それは競技を見ているのではない。借り物競走に出た選手の顔を確かめるためだ。でも、わたしはちゃんと谷山の姿を見つめていた。
 騎馬戦は三人が組んで騎馬になり、敵とはちまきを奪い合う者を上にかつぐ。谷山は騎馬の先頭だから、すぐに見分けがつくし、何よりかっこいい。
「イケメンって、うちのクラスじゃないよね?」
 誰かが尋ねた。それはそうだろう。うちのクラスでイケメンと言えば、谷山に決まってる。だけど、谷山は借り物競走には出ていない。つまり、他のクラスの男子ってことだ。
 でも、そんなことはどうでもいい。谷山の騎馬が他のクラスの騎馬と争っている。そこへ別の敵の騎馬が加わって、谷山の騎馬はピンチだった。手に汗握るとはこのことだ。
「ちょっと春花はるか、あんた、人の話を聞いてないの?」
 真弓が不機嫌そうに、わたしに声をかけた。わたしは慌てて真弓に微笑んだ。
「ちゃんと聞いてるよ。目は男子を見てるけど、耳は話を聞いてるから」
「じゃあ、言ってみてよ。あたしが選んだイケメンが何組の子か」
「え? えっと、二組だっけ、三組だっけ?」
「ほら、聞いてないじゃないのよ。どうせ、谷山に見とれてたんでしょ?」
「え? な、何言ってんの? 違うって」
 そう言いながら、わたしは顔中が熱くなった。他の女子たちはわたしをからかったり、谷山くんは女子全員のものだからね――とくぎを刺したりした。
 わたしは何度も真弓の言葉を否定しながら、下を向くしかなかった。横目で競技を見ると、谷山たちがかついだ男子が、敵にはちまきを取られたらしい。谷山たちはうなだれながら、運動場の端へ移動して行った。
 わたしは自分が応援できなかったから、谷山たちが負けたと思った。でも、みんなは谷山のことなど、どうでもいいみたい。真弓が指差す三組の騎馬グループを、必死で見つけようとしていた。
 それは前田まえだ健二けんじという男子をかついだ騎馬で、最後まで残るために争いを避け続けているようだ。真弓が言うイケメンとは、この前田のことらしい。
 わたしは前田も小学校から知っている。でも、とてもイケメンという感じではない。ただ前田の名誉のために言うけれど、前田は決して変な顔をしているわけじゃない。そうではなくて、前田はイケメンかと言われると、首をかしげたくなるだけだ。
 他の女子たちも、どうして前田がイケメンなのかと真弓を問い詰めた。
 真弓は両手を上げて騒ぐみんなを静かにさせ、それから得意げな顔で説明した。
「あのさ、誰がイケメンかって、そんなの見る人の好みでしょ? だからね、誰を連れて行ったところで、あたしがこの人はイケメンだって言い張れば、それで通るのよ。あの子がさ、たまたまゴールの一番近くにいたから声をかけたの。あなた、イケメンだから一緒に来て――てね。そしたら敵なのにさ、あの子、喜んで来てくれたってわけ」
 みんな口をあんぐり開けたまま声も出なかった。ただ百合子だけが大きくうなずいた。
「なるほどね。その手があったか。さすがは真弓ね」
 感心する百合子に、でしょ?――と真弓はうれしそうに笑った。
 確かに、真弓の咄嗟とっさの判断には感心するしかない。だけど、頭の中から可哀想な転校生のことが離れない。それにもう一つ気になったのは前田のことだ。
 前田はわたし同様、高層マンションに憧れていた。そのマンションに住む真弓は、多くの男子生徒から人気があり、前田もその中の一人らしいのだ。
 前田はイケメンじゃないけど、結構純粋でいいやつだ。だから今回のことで、妙なことにならないかとわたしは心配だった。