お父さんのうそつき!
「なあ、たかし。ロボットは、いつできるんだよ?」
ひろしが思い出したように言った。完成したら一等先に教えるって約束してから、もう何日も経っている。
ひろしの文句を耳にした他のやつらも、いっしょになってぼくを責め始めた。
「そうだよ。いったい、いつになったらできるんだよ」
「オレたち、もう待ちきれないよ」
ちょっと前までは、こんなことを言われるのがうれしかった。でも今は心臓がドックンドックン動いているし、体中がガチガチで勝手にふるえてしまう。笑ってごまかそうとしても、顔が固まって動かないし、しゃべろうとしても言葉が出ない。
それでも、みんながぼくを取り囲んではなれようとしないから、何かを言わなくっちゃいけなかった。
ぼくはわざとふきげんなふりをして、めんどうくさそうに言った。だけど、やっぱり声がふるえてしまう。
「ぼ、ぼくが造るんじゃないから、い、いつできるなんて、言えるわけないだろ。そ、それにさ。プ、プラモデルを作るんじゃないんだから、そんなすぐにはできないよ」
のぶおが、さけぶみたいな声を出した。
「えー、それじゃあ、オレたち、ロボットを見せてもらえないじゃん」
ロボットの話が出るまでは、のぶおはあんまりぼくに話しかけてこなかった。それなのに、ロボットの話を聞いてからは、昔からぼくの友だちみたいな顔をしている、ずうずうしいやつだ。
のぶおなんかが何を言ったって、そんなのどうでもいいんだけど、他の者たちもだまっていないから、ぼくは困ってしまった。
「ねえねえ、あたしにだけは、見せてくれるよね?」
まゆみが男子をおしのけながら言った。
「あ、そんなのずるい! 東山くん、あたしのことも忘れないでよ」
みなこも負けじと言うと、他の女子たちも次々に声を上げ、男子たちはたじたじだ。
ロボットができなくなったってわかったら、ひろしたちはおこるだろうけど、女子の方がもっとこわそうだ。あぁ、ぼくはどうすればいいんだろう。
ちなみに東山っていうのはぼくの名字だ。ぼくの名前は東山孝志。お父さんが東山孝典で、お母さんが東山志津子なんだけど、二人の名前から一文字ずつ取ったのが、ぼくの名前なんだ。
「わかったから、ロボットの話はこれでおしまい!」
無理やり話を打ち切ろうとすると、男子たちがぶうぶう言った。
「何だよ、えらそうに。何かあやしいな」
「もしかして、ロボットの話、うそなんじゃない?」
さっと顔がひきつるのが、自分でもわかった。
「うそじゃないよ! そんなこと言うなら、もうおまえらには見せてやんないからな!」
男子たちはあわてて謝ると、ぼくのきげんを取ろうとした。女子たちは男子たちをなじり、自分たちは少しも疑っていないというところを、ぼくにアピールした。それだけに、うそだとばれたらと思うと息が苦しくなる。
これまでだったら、ぼくは毎日おとのさま気分だった。だけど今のぼくは、コソコソかくれようとする犯罪者と同じだ。
こんな日が何日も続いて、ぼくは学校がうんざりだった。
学校から家に帰ると、あいかわらずお父さんがいた。もう、ソファーで天井をながめて寝るのはやめたみたいだけど、ぼくが何を話しかけても上の空だった。
お父さんによけいなことは言うなと、ぼくはお母さんからクギをさされている。それでも、ぼくはどうしてもロボットのことを確かめたかった。
お父さんは仕事をクビになったけど、造りかけだったロボットは、まだ仕事場に残っているはずだ。全部はできていなくても、それだけでも見せて欲しいし、できればそれを写真にとりたい。その写真をみんなに見せれば、少なくともぼくがうそつきじゃないってわかってくれるだろう。
それでぼくはお父さんにアニメの話をして、そこからロボットの話題に話を持って行こうとした。
だけど、しゃべるのはぼくばかりだ。お父さんはほとんど何も言ってくれない。ああとか、うんとか、そうかとか、ぼくの話を聞いているのかさえはっきりしなかった。
しびれを切らしたぼくは、ついにお父さんに言ってしまった。
「ねえ、お父さん。ぼくに約束したロボットの話、だめになっちゃったの?」
お父さんは、ずっとどこを見ているのかわからない様子だった。その顔をゆっくりぼくに向けると、お父さんは目をぱちくりさせた。
「おまえに約束したロボット?」
お父さんの言葉が、ぼくは信じられなかった。ぼくは興奮しながら言った。
「え? 忘れたの? お父さん、ぼくに約束したじゃない! ぼくが好きなロボットを造ってくれるって言ったでしょ!」
「そんな約束、したっけ?」
ぼくはおどろきと絶望で言葉が出なかった。出たのは涙とさけび声だ。
ぼくの声を聞いて、台所にいたお母さんが飛んで来た。
「どうしたの? 何をさわいでるの?」
ぼくはお母さんを見た。お父さんのいいかげんさを訴えようとしたけど、口を動かしても出るのは涙ばかりだ。
「あなた、何があったの?」
お母さんはぼくをだき寄せながら、お父さんにたずねた。お父さんは少しうろたえたみたいになって、ぼくにロボットを造る約束をしたらしいと言った。
その返答のし方が、ぼくは情けなくて悲しかった。お父さんは本当に覚えていないようだ。それは、ぼくのことを全然大切に思っていないってことじゃないか。
お父さんはおろおろした様子でぼくに言った。
「孝志、お父さん、いつおまえにそんな約束をしたんだ?」
ぼくはお父さんをふり返ると、涙をふいて言った。
「誕生日にくれたロボットのプラモデル、ぼくといっしょに作ったでしょ? あのとき、お父さんは言ったんだよ! ぼくの好きな本物のロボットを造ってくれるって!」
お父さんは困ったみたいにまゆ毛を寄せると、あぁと言って頭に手を当てた。
「あのときか……。それは、悪かったな。あのとき、お父さんはお酒を飲んでよっぱらってたんだ。だから覚えてるのは、みんなでケーキを食べたところまでなんだ。おまえにそんな約束をしたのはそのあとのことで、お父さん、プラモデルをおまえと作ったのも覚えてないんだよ」
「そんなの関係ない! 約束は約束だ!」
「悪かったよ。謝るから、かんべんしてくれよ」
「いやだ! 絶対にかんべんしない!」
「タカちゃん、そんなこと言わないで、お父さんを許してあげなさい。お父さん、こうして謝ってるんだし、かわいそうでしょ?」
お母さんがぼくをなだめようとしたけど、ぼくの気持ちはおさまらない。
「いやだ、いやだ! 絶対に許さない! ぜーったい許さないから!」
どうして許せるって言うんだ。ぼくはお父さんの言葉を信じて、みんなに自慢したんだぞ。ロボットのことも自慢したけど、お父さんのことだって自慢したんだ。こんなお父さん、どこにもいないって、みんなも言ってくれたんだ。それなのに覚えてないって、そんなのひどいよ!
興奮しているぼくは、思っていることをうまく言葉にできずに、しょんぼりしているお父さんをにらみつけた。
お母さんはとうとうこわい顔になって、ぼくをしかった。
「タカちゃん、わがまま言うのも、たいがいになさい! お父さんが今、どれだけつらいのか、あなたにも話したでしょ?」
「ぼくが学校でどれだけ大変なのか、お父さんもお母さんも知らないんだ!」
「学校で? 学校がこのことと何の関係があるの?」
「ぼく、お父さんがロボットを造ってくれるって約束したこと、学校でみんなに言ったんだ。それで、みんなロボットができるのを楽しみにしてて、毎日ぼくにロボットはいつできるのかって聞くんだ。ロボットができなかったら、ぼく、うそつきになっちゃう」
お母さんはおどろいたような顔を、お父さんと見交わすと、ぼくに言った。
「そうだったの。それは困ったね。だけど、だからってお父さんを責めたところで、しかたないでしょ? お父さんがあなたとの約束を、覚えていたかどうかに関係なく、もうロボットを造ることは、できなくなったのよ」
そんなことはわかってる。ぼくがおこっているのは、お父さんのいいかげんさだ。ぼくはお父さんを信じてたのに。お父さんはぼくの自慢のお父さんだったのに。
ぼくが大声で泣くと、お父さんはぼくのきげんを取るように言った。
「孝志、泣くな。お父さん、もういっぺんおまえに謝るから。それにな、お父さん、本当におまえにロボットを造ってやるよ。今すぐは無理だけど、がんばって造ってみせる。だから、な? もう泣くな」
大人ってきらいだ。すぐにこうやって適当なことを言って、子供をごまかそうとするんだ。仕事をクビになったのに、どうやってロボットを造れるって言うんだよ。
ぼくが返事をしないでいると、お父さんはどうしようと言う顔でお母さんを見た。
お母さんはぼくの前に来て、そこにしゃがんだ。
「タカちゃん、聞いて。あなたがロボットをどれだけ楽しみにしてたのかは、お父さんもお母さんもよーくわかったから。それに、そのことであなたが学校で、どれだけ大変な思いをしているのかもわかったからね。でもね、あなたにはロボットよりも、もっとすてきなことがあるのよ。それはね――」
そこまでしゃべって、お母さんは急に顔をしかめた。お母さんはお腹に手を当てると、つらそうに下を向いた。
「どうした?」
お父さんが声をかけると、お母さんは苦しそうに言った。
「お腹が――」
お父さんは、あわててお母さんにかけ寄った。お母さんはお腹を押さえてうずくまったまま、目を閉じて歯をくいしばっている。
「お母さん、どうしたの? お腹が痛いの?」
ぼくも声をかけたけど、お母さんは返事をしてくれない。ぼくはこわくなってお父さんを見た。だけどお父さんもおろおろするばかりで、何もできないみたいだった。
「病院……」
お母さんが苦しそうな声でつぶやくように言った。はっとした様子のお父さんは、さっとお母さんをだき上げた。
そんなお父さんを見て、ぼくはちょっとだけお父さんを見直した。それに、かっこいいと思った。でも、お母さんが死んじゃうんじゃないかという心配の方が、それより大きかった。