始まったお盆
朝ごはんを食べながら、おじいちゃんがぼくに言った。
「孝志、明日からお盆だから精霊馬と、精霊牛を作っておいてくれんか」
「しょうりょう……うま? うし?」
ぼくが目をぱちくりさせると、おばあちゃんが説明してくれた。
「見たことないかい? キュウリとナスに割りばしをさして作るんだよ」
ぼくが首を横にふると、キュウリとナスに短く切った割りばしを、四本ずつさして足にするんだと、おばあちゃんは教えてくれた。
続けて、おじいちゃんが言った。
「キュウリが馬でな、ナスが牛だ。馬は亡くなった者がここへ来るときに使って、牛は帰るときに使うんだ」
「へぇ、そうなの。でも、なんで来るときが馬で、帰るときが牛なの?」
「そりゃあ、来るときは早く来て欲しいし、帰るときはゆっくりの方がいいだろ?」
「なるほど。そういうことか」
「じゃあ、作ってくれるか?」
うん――とうなずいたぼくに、キュウリは足の速い馬らしく、ナスはのんびりした牛らしく作ってくれと言って、おじいちゃんは仕事に出かけて行った。
キュウリとナスに割りばしをさすだけなのに、注文が多いなとぼくは思った。でも作り始めると、これが案外むずかしい。と言うか、ついついぼくがこだわってしまうんだ。おかげで、お姉ちゃんのことで悲しかった気持ちをおさえることができた。
まずは材料選びだけど、足の速い馬らしいキュウリは、太いのとか短いのとか、ピンとまっすぐなのはだめ。すっと気持ちよく伸びたもので、ちょっと曲がったやつがいい。その方が足が速い馬みたいだし、そり上がった両はしが頭としっぽみたいに見える。
へたがついた方が頭だから、それらしく見えるには、ただ曲がっていればいいというものじゃない。その曲がり具合が大切で、これを手ぬきするといい馬にならない。
ナスの方は、ずんぐり太ったやつがいい。その方が、のんびりした力強い牛みたいに見えるもの。でも、やっぱり太り方が大事だし、まっすぐのよりは少し曲がっているやつの方がいいと思う。
こちらもへたの方が頭だけど、ナスのへたも形がいろいろだから、牛の頭らしいのを選ばないといけないんだ。
材料を選んだら、こんどは足だ。割りばしを切って作るんだけど、足の速い馬は足も長くしないといけないし、のんびりした牛は短い足だ。
あんまり長くてもいけないし、短すぎてもだめなんだ。ちょうといい長さを考えるんだけど、どの部分にさすかも重要だ。前足と後ろ足の長さも変えないといけないし、でき上がりがかっこよくなくっちゃ、苦労して作った意味がない。これは思った以上に大変な仕事だった。
それでも何とかでき上がると、おばあちゃんは上出来だと言ってほめてくれた。
少ししたら、好男が仲間を連れてやって来た。またけんかをするつもりなのかと思ったら、みんなで遊ぼうと言うんだ。
いっしょにいるやつらは、こないだぼくがかみついてやったやつばかりで、ぼくと遊ぶことを喜んでるわけではないようだ。でも、ボスの好男の命令は絶対なのだろう。好男がぼくと遊ぶと決めたら、だれもそれに逆らえないみたいだった。
ぼくは好男を許したわけじゃない。だけど、こうして遊びにさそってくれたのは、ぼくへのおわびのつもりなんだろう。それで、ぼくはいっしょに遊んでやることにした。
初めは公園でカンけりだ。だれかが空きカンをけ飛ばすと、オニはそのカンを拾って来て元の場所に置く。その間に、みんなはどこかにかくれるんだ。
オニはかくれたやつを見つけると、空きカンの所にもどって、カンをふんづけ「○○見ぃつけた」って言うんだ。見つかったやつは空きカンの近くに座って、だれかが助けに来てくれるのを待たなくてはいけない。
オニがカンからはなれたすきに、かくれていたやつがそのカンをけ飛ばすと、つかまっていたやつらは逃げることができる。オニはけられたカンを拾ってもどし、また最初からやり直しだ。
おたがいの名前がわかっていなければ、この遊びはできない。ぼくは好男の仲間の名前を覚えないといけないし、向こうもぼくの名前を呼ぶことになる。そうして名前を呼び合っていると、初めのぎくしゃくした感じはなくなって、ぼくはすっかりみんなと仲間になっていた。
そのあとはみんなで好男の家へ行き、お昼にそうめんをごちそうになった。それから山へ行ったり川で遊んだりした。遊び終わったときはもう、辺りが暗くなり始めていた。
真っ暗になると、おじいちゃんたちの家がわからなくなるから、ぼくは急いで好男たちと別れた。みんな楽しかったみたいで、また遊ぼうと言ってくれたのがうれしかった。
家にもどると、おじいちゃんが帰っていた。おじいちゃんはぼくが作ったキュウリの馬とナスの牛をほめてくれた。
「たいしたもんだ。馬も牛もわしが作るより立派だな。孝志は何にでもこだわりがあるみたいだから、物作りの仕事が向いてるかもな」
おばあちゃんもいっしょになって言った。
「ほんとにね。タカちゃんを見てたら、タカちゃんのお父さんの子供のころを思い出しちゃうわ。タカちゃんのお父さんも、タカちゃんみたいに何にでもこだわってたんだよ」
お父さんに似ていると言われると、やっぱりうれしい。でも、そのお父さんが今ではこだわりの仕事ができなくなった。そのことを思うと悲しくなって、ぼくの目は自然と下を向いた。
「そうそう、お盆になったら、お父さんも来るんだよ。さっきね、電話があったの」
おばあちゃんが思い出したように言った。ぼくは思わず顔を上げた。
「いつ来るの? 明日?」
「お母さんのお見舞いとか退院の準備とかがあるから、明日は来られないんだって」
「お母さん、退院するの?」
「そうみたいだよ。だけど家に帰ってからも、しばらくは静かにしてないといけないんだって。それで、その間はお母さんに実家に帰ってもらうか、向こうのおばあちゃんに来てもらうのか相談するそうだよ。だからこっちに来るのは、しあさってになるみたいだね」
とうとうお母さんが退院するんだ。ぼくはとびはねそうになった。
でも、しあさって聞いて、おじいちゃんは顔をしかめた。
「しあさってと言えば、十五日じゃないか。だいじょうぶなのか?」
「もう、あれから何年も経ってるんだし、あの子も父親なんだから、だいじょうぶよ。それに、ゆりちゃんがもどって来るとは限らないしね」
おじいちゃんたちが何の話をしているのか、ぼくにはさっぱりわからなかった。ゆりちゃんってだれだろう?
おじいちゃんは何だか心配そうだったけど、ぼくに顔を向けるとにっこり笑った。
「とにかくよかったな、孝志。これでおまえも、もうすぐお兄ちゃんだ」
お兄ちゃんになると言われても、まだピンと来なかった。そうは言っても、ぼくには妹ができるわけだ。それにお母さんが家にもどれば、ぼくも家に帰れる。お父さんは仕事が大変だけど、それでもまた家族そろっての暮らしにもどれるんだ。
そう考えたとき、ぼくはお姉ちゃんのことを思い出した。お姉ちゃんはもうすぐいなくなってしまう。まるで、ぼくの家族と引きかえにお姉ちゃんがいなくなるみたいだ。
それなのにぼくは今日、お姉ちゃんの顔を見に行かないで、好男たちと一日中遊んでしまった。せっかくはずんだ気持ちが小さくしぼみ、ぼくの心は後悔でいっぱいになった。
お盆は十三日から十六日までの四日間だ。
初日の十三日は亡くなった人たちをお迎えする用意をして、夕方に門の前で迎え火をたく。亡くなった人たちこの迎え火を目印に訪ねて来るらしい。
十四日と十五日は亡くなった人たちといっしょにゆっくり過ごす。
十六日の夕方には門の前で送り火をたいて、亡くなった人たちを送り出す。これがお盆の過ごし方だそうだ。
大きな家では親戚がみんな集まって、にぎやかなお盆になるそうだけど、おじいちゃんの家はだれも来ないみたい。
何でも、おじいちゃんは元はここじゃない遠い所にいたそうで、仕事の関係でこっちに居ついたんだって。だから、ここに訪ねて来る親戚はいないらしい。でも今回はぼくがいるから、おじいちゃんもおばあちゃんも喜んでくれている。
仏壇の前には小さな台が置かれ、そこに位牌という小さなお墓みたいな、黒い板がのせられている。位牌にはごにょごにょとむずかしい漢字が書かれてあるけど、何て書いてあるのかはわからない。
位牌のそばには花や果物がそなえられ、昨日ぼくが作ったキュウリの馬とナスの牛もかざられている。自分で言うのも何だけど、なかなかいい出来ばえだと思う。
きれいなちょうちんもかざられて、いつもとちがうふんいきだ。
初日のこの日は迎え火をたく前に、お墓参りをするらしい。ぼくは初めての墓参りなので、少し緊張した。だけど、連れて行かれたお寺を見て、あれ?――と思った。それは、いつもお姉ちゃんと会っていたお寺だからだ。
どこかにお姉ちゃんがいるんじゃないかと思って、ぼくの胸は高鳴った。きょろきょろするぼくを見て、おじいちゃんたちは笑いながら庫裏へ向かった。まずは和尚さんたちへのあいさつだ。
おじいちゃんが玄関で声をかけた。
お姉ちゃんは外にはいなかったから、きっと家の中にいるはずだ。そう思ったぼくは、どきどきしながらだれかが出て来るのを待った。すると、すぐにお坊さんが現れた。お寺に遊びに来たときに、ときどき見かけたお坊さんだ。
おじいちゃんがお坊さんにぼくのことを紹介していると、今度はおばさんが現れた。この人は和尚さんの奥さんだと、おばあちゃんが教えてくれた。
ぼくがあいさつをして頭を下げると、おばさんは礼儀正しい子だとほめてくれた。それからおばさんは、お墓参りが終わったら、お茶を用意しておきますと言ってくれた。
玄関から外へ出るとき、ぼくはポケットの中の紙をにぎりしめながら、何度も和尚さん夫婦をふり返った。紙にはぼくの住所が書いてある。お姉ちゃんに手紙を書いてもらうつもりで、ずっとポケットに入れていたんだ。
だけど結局、お姉ちゃんは姿を見せてくれなかった。ぼくはポケットに手をつっこんだまま、おじいちゃんたちについて墓地に行った。
「これがうちの墓だ」
おじいちゃんが見せてくれたお墓を見て、ぼくはおどろいた。だって、それはお姉ちゃんと食べた、あの大福もちがそなえられていたお墓だったんだ。
あのときにはよく見なかったけど、墓石にはちゃんと東山家と書いてある。
「おばあちゃん、最近このお墓におそなえした?」
おばあちゃんにたずねると、したよ――とおばあちゃんは言った。
「こないだタカちゃんが食べた大福を買ったときにね、ここにもおそなえしたんだよ。二つそなえたんだけどさ、そこでお茶をよばれてから、もういっぺん見てみたらね、カラスだろうかねぇ。大福が一つ食べられてたんだよ。パックのふたをしてあったんだけどね」
「一つ? 一つだけ食べられたの?」
おばあちゃんはうなずくと、一つだけだと言った。パックの中には、豆入りの大福もちと、ヨモギの大福もちが入っていたそうで、豆入りの方が食べられたらしい。
「おもちの中の豆が欲しかったんだろうかねぇ。それでしょうがないから、また新しいパックのをおそなえしたんだよ」
どういうこと? あのとき、大福は二つあった。それをぼくとお姉ちゃんとで食べたんだ。
ぼくは頭が混乱した。でも、すぐになぞは解けた。ぼくたちが食べたのは、おばあちゃんが交換した新しい大福だったんだ。
「なあんだ。そうだったのか」
「なあんだって、何の話だい?」
おばあちゃんが変な顔をしたので、ぼくはあわてて、何でもないと言った。だって、せっかく新しいのをおそなえしたのに、それをまたぼくたちが食べちゃったなんて言えないもの。
墓石の横を見ると、だれかの名前と年齢が刻まれている。
『東山百合子 享年十五才』
(えっと、ひがしやま……何て読むんだろう? さっきおばあちゃんが、ゆりちゃんって言ったのは、この人のことかな。名前の下の字も読めないけど、たぶん亡くなった歳なんだろうな。十五才か……。お父さんが子供のころに亡くなったお姉ちゃんっていうのは、きっとこの人だな。でも、本当に若いときに死んじゃったんだ。かわいそうに……)
ぼくが刻まれた名前を見つめていると、おばあちゃんが言った。
「このお墓はね、あたしたちの娘のお墓なんだよ。百合子っていうんだけどね、中学校三年生のときに病気で亡くなったんだよ」
やっぱり、ゆりこって人のお墓なんだ。納得したけど、墓石に刻まれた名前がこの人だけなのはどうしてだろう。他の石にはたくさん名前が刻んであるのに。
「東山家って書いてあるけど、お墓に入っているのは、この人だけなの?」
ぼくの疑問には、おじいちゃんが答えてくれた。
「うちは分家だからな。本家が近けりゃそっちの墓に入れてもらうんだが、そうもいかんからな。それで新しく墓を建てたんだよ。まさか娘の墓を建てることになるとは思いもしなかったが、わしらが死んだときにはここに入るから、東山家の墓と書いてあるんだ」
おばあちゃんが続けて言った。
「だからね、あたしたちがお盆で迎えるのは、ご先祖さまじゃなくて、娘の百合子なんだよ。でも、本当にもどって来るのかわかんないけど……」
おじいちゃんがしかるように、おばあちゃんに声をかけた。それでおばあちゃんは口をつぐんだ。だけど、さっきのおばあちゃんの言葉は、そういう意味だったのかとぼくは思った。
おじいちゃんたちがお墓に手を合わせたので、ぼくも手を合わせた。
そのとき、ふとお姉ちゃんが近くにいるような気がしたぼくは、後ろをふりかえった。でもお姉ちゃんの姿はどこにもなかった。それでも何でかわかんないけど、ぼくにはお姉ちゃんが泣いているみたいに思えた。
もしかしたら、お姉ちゃんは行ってしまうんだろうか。ぼくは不安になった。
一昨日、お姉ちゃんはぼくに、もうすぐ遠い所へ行くと言った。そこがどこなのかは、お姉ちゃんもよく知らないらしい。だから、新しい住所も教えてもらえなかった。
ひょっとしてお嫁に行くのとたずねると、そうじゃないとお姉ちゃんは笑った。でもすぐにさびしそうな顔になって、ぼくが造ったロボットを見たかったと言った。そして、ほんとはもっとぼくのそばにいたかったと、お姉ちゃんは泣いた。
だから、本当は昨日もお姉ちゃんに会うつもりだった。それなのに、ぼくは好男たちと遊んでしまった。少しだけと思ってたのに、結局は日が暮れるまで遊んじゃったんだ。
ぼくはおじいちゃんたちを残してそこら辺を走りまわり、お姉ちゃんを探した。でも、お姉ちゃんはどこにもいなかった。
何をしているのかと、おじいちゃんたちに聞かれたけど、ちょっとねとしか言えなかった。
墓地を出ると、ぼくたちは和尚さんたちの所へもどった。
和尚さんはぼくたちを大きなコタツみたいな机の所に座らせた。ぼくは和尚さんと向かい合う形で、おじいちゃんとおばあちゃんの間に座った。
きちんと正座をしながら、ぼくはちらりちらりとあちこちに目をやった。どこかからお姉ちゃんが顔をのぞかせるんじゃないかと期待していた。
少しすると、おばさんがお茶とお菓子を運んで来てくれた。だけど、お姉ちゃんは姿を見せなかった。ぼくがここに来てるってわからないのかもしれない。でも、だとしたら墓地で感じたのは何だったんだろう? ぼくはお姉ちゃんが泣いてるように感じたんだ。
ぼくの家の事情を聞いた和尚さんたちは、しきりにぼくをはげましてくれた。でも、ぼくはお姉ちゃんが気になって、和尚さんたちの話は上の空で聞いていた。
そのうちがまんができなくなって、ぼくは和尚さんたちにたずねてみた。
「あの、お姉ちゃんはどこにいるんですか?」
「お姉ちゃん?」
和尚さんとおばさんは、たがいの顔を見た。
「お姉ちゃんって、だれのことかな?」
「ここのお姉ちゃんです。ここのお世話になっているお姉ちゃんです」
和尚さんともう一度顔を見交わしてから、おばさんが言った。
「あのね、孝志くん。おばさんたちには子供がいないし、ここで暮らしているのはあたしたちだけなのよ。そりゃあ、必要があれば人を泊めたりお世話をしたりすることはあるけどね。でも、今はここでお世話をする人はだれもいないわ」
おばさんに続いて、和尚さんがぼくにたずねた。
「そのお姉ちゃんという人が、この寺の世話になってると言ったのかな?」
ぼくはうなずいた。でもすぐに、ちがいますと訂正した。
何だか話がちがうというか、様子がおかしい。よけいなことを言わない方がいいと思ったぼくは、自分のかんちがいだったことにした。
「ここで知り合ったから、ぼくが勝手にここのお世話になってる人だって思ったんです」
「そうか。それなら安心したよ」
和尚さんたちは納得した様子だった。でも、おばあちゃんは気になったみたいだった。
「タカちゃん、あんた、このお寺にはいつ来たの?」
「いつって……、こっちへ来て間もなくだよ」
おばあちゃんは不安げにおじいちゃんを見たあと、またぼくにたずねた。
「そのお姉ちゃんって、いくつぐらいの人なんだい?」
「わかんない。中学生みたいだけど……」
「お姉ちゃん、どんなかっこうだった?」
「あのね、髪の毛を後ろで右と左に分けてしばってたよ」
「髪を編んでたんだね?」
「編む? そう、編んでたの」
ぼくは両手を自分の頭の後ろにまわして、お姉ちゃんの髪をまねて見せた。
「こんな感じで、これぐらいの長さだったかな。それから、白い半そでの服を着て、緑のスカートをはいてたよ」
おばあちゃんはおどろいた様子で、またおじいちゃんを見た。おじいちゃんもおどろいたみたいだけど、何だかこわい顔をしている。
「あんた、もしかして……」
「まさか、そんなこと……」
今度はおじいちゃんが、ぼくに顔を近づけて聞いた。
「孝志、そのお姉ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「名前? 名前は聞いてないや」
そうだ。名前を聞いておかないと、お姉ちゃんから手紙をもらっても、だれだかわからなくなってしまう。お姉ちゃんに会ったら、まず名前を聞かなくっちゃ。
そうか――と言ったおじいちゃんは、こわい顔のままだ。
「そのお姉ちゃんには、タカちゃんの方から声をかけたのかい?」
またおばあちゃんが聞くので、お姉ちゃんの方から声をかけてきたとぼくは言った。
「前に来たときに遊んでもらったみたいでさ。ぼくのこと、タカちゃんって呼んだんだ。ぼくはお姉ちゃんのこと覚えてなかったんだけど、適当にしゃべってるうちに親しくなったの」
おばあちゃんは大きく目を開けて、半分開いた口をぱくぱくと動かした。でも、声は出ないまま、おじいちゃんの顔を見た。
おじいちゃんは、さっきよりこわい顔って言うか、何だかおびえてるみたいな顔だ。
何かいけないことを言ってしまったのかと、ぼくはうろたえた。
「和尚、これは――」
おじいちゃんたちに顔を向けられた和尚さんは、やっぱり困ったようなこわい顔をしていた。
「どうしたの? ぼく、何かいけないことしたの?」
心配になったぼくが、みんなに声をかけると、おじいちゃんが言った。
「孝志、もうそのお姉ちゃんとは会ってはならんぞ」
「え? どうして? どうして会っちゃだめなの?」
意味がわからないぼくに、今度はおばあちゃんが言った。
「今は説明してあげられないけど、とにかくお姉ちゃんに会うのはよしなさい。悪いことは言わないから。これはタカちゃんのためなんだよ」
「ちょっと、二人とも何言ってるの? お姉ちゃんが何をしたって言うの? お姉ちゃんのこと何も知らないのに、なんでそんなひどいことを言うの?」
ぼくの抗議に、おじいちゃんたちはだまったままだった。
ぼくはここではよそ者だし、おじいちゃんたちのお世話になっている。だから、おじいちゃんたちの言うことには、従わなくてはならないけど、こんなむちゃくちゃな話になんか従えない。
ぼくは立ち上がると、おじいちゃんたちに言った。
「お姉ちゃんはぼくに優しくしてくれたし、いっしょに遊んでくれたよ。ぼくの家のことなんか何も聞かないのに、ぼくのこと、ほんとに大事に思ってくれたんだ。それなのに、なんでお姉ちゃんに会ったらいけないの?」
おばあちゃんが何かを言おうとした。でも、おじいちゃんに目で止められて、開けようとした口を閉じた。
「お姉ちゃんね、もうすぐ遠い所へ行ってしまうんだって。でもほんとはね、もっとぼくといっしょにいたいって言ってくれたんだよ」
しゃべってから、ぼくは泣きそうになった。だって、おじいちゃんもおばあちゃんも、さっきよりおどろいた顔で、絶対にだめだって言うんだもの。
おじいちゃんたちが子供の気持ちがわからないってことは、お母さんから聞かされていた。だけど、まさかこんなにわけがわからない人たちだとは思わなかった。
腹が立ったぼくは、二人に言ってやった。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、お姉ちゃんのこと、そんなに悪く言うんだったら、もういいよ! ぼく、お姉ちゃんといっしょに行くから!」
「いかん! いっしょに行ってはならん!」
おじいちゃんがどなるみたいに言った。でも、ぼくは聞くつもりはなかった。
ぼくが部屋を飛び出すと、おじいちゃんたちも追いかけて来た。
はだしのまま外へ出たぼくは、お姉ちゃんを呼びながら、あちこちを逃げまわった。だけど、お姉ちゃんは姿を見せてくれなかった。どこかにいるような気がしたけど、それでもお姉ちゃんは出て来てくれなかった。